薄暗い部屋の中、長い四肢を折りたたむようにして、剣崎は死んでいる。息を潜め、身体の一切の機能を停止させて、眠るように死ぬ。死ぬように眠るのでは、意味がない…室内は飽くまでも薄暗く、決して絶対的な闇ではない。月明かりが、差しているのだ。剣崎の体の輪郭も、月は静かに映し出す。剣崎は、呼吸もせずに、時が来るのを待っている。
高い高い空の中、ひとつ輝く星があった。これから太陽に侵食されていこうとしているこの世界に、必死に自らの存在を主張しようとしているようだ。夜明けが近い、と剣崎は思う。眼の閉ざされた、死に閉ざされた今、本能で彼は知る。暗闇に光の差すその瞬間が、剣崎は好きだ。


 近頃、日が長くなったように感じている。夏だから、というそれだけの理由ではない。そもそも根底に流れるの観念がすこし違う。1日が、1時間が、1分が1秒が。ひどく長く感じられる。不死の存在になった自分は、もっと時を早く感じるものだと思っていた。けれどそれは、間違いであるらしい。はやくはやく流れていこうとする時間を、本能が必死で、ていねいにたいせつに拾おうとしているのかも知れないと思う。実際のところは、よくわからない。自分の存在が不確かになってきているのを自覚する。
(俺は一体なんなのだろうか、)
 あの日、あの時。神の見せた寛容に対して、剣崎は疑問を持っていた。一度封印されたアンデッドを解放することを許さなかったあのモノリスが、新たに生み出される『剣崎一真』というアンデッドの存在を許容した理由。戦いを拒む自分たちの前に、あの後一度も姿を現そうとしない理由。これはもしかすると、疑問ではなく非難であるのかもしれない。始を救いたいという強い想いは、確かにあの時存在していた。今も、ここにある。この胸の奥に、それはしっかりと息衝いている。けれど。その反面、自分の覚悟がまったく足りていなかったことも実感せざるを得ないのだ。自分は、恐れているのだろう。自らの存在を見失うこと、そしていずれ、人であることに渇望する日が来ることを。


 それゆえに剣崎は、死して夜明けを待っている。もし夢というものが、人の心の奥底の、希望や願望の鏡であるとするならば。自分は間違いなく、あの日々を夢に見るだろうと思うからだ。友や仲間、そして大切なひとのことを。夢に見て、そして泣くと思うからだ。


(たったひとつ、空に残った小さな星が、とうとうその姿を消した。ぴくりと睫毛をふるわせて、剣崎は瞳をひらく。東の空から、光が世界を浸食していく。)


(05**** / さようなら、さようなら)