背中にまわされた、大きな手。強い力で抱きしめられて、肺が圧迫されるようだ。呼吸が苦しい。が、不便ではない。アンデッドである始にとって、呼吸という行為、肺という器官、それらは擬態の一環でしかないのだから。身の丈に差があるので、自然と包み込まれるような形になる。
「…剣崎?」
 訝しんで名を呼ぶと、剣崎の身体がこわばった。驚いた、というよりは、緊張したような反応。心臓の、激しい動悸が耳に届く。果たしてそれは、自分のものか、或いは剣崎のものか…始は少し考えて、しかし考えても仕方がないと思った。
「ごめ、今、人肌恋しいっていうか」
「そうか」
 細い腕に、すがるように力をこめられる。始はあいまいに返事をして、しかし抵抗もしなかった。始は、剣崎に触れられることを不快には思わない。剣崎もその沈黙を了解ととったらしい。わずかに、その身体は緊張を解いたようだった。その無防備な様子を、始はいとおしいと思う。始はそういう、安心できるものが好きだった。自分を陥れたり、傷つけることのない、優しいものが。
接触している部位から、じわじわと温度が移ってくる。その変化がゆっくりと、身体を侵食していくようで、始はそれを快いと感じた。
(こいつの身体があたたかい、のは)
(……生きているからだ)
 ヒトとは異なる、緑色の体液を持つ始の身体は、冷たいとはいわないまでも他人より温度が低いようだった。他人と触れ合うたび、いつもそれを意識する…しないではいられない。しかしその始の身体を、なにも気にせず抱きしめてくれる人間が、いる。少なくとも、いまここにひとり。
「………、」
 なんていとおしい、なんてしあわせなことかと心が震えるのを、悟られぬようそっと隠した。


(05**** / 人と人でないものと)