悪魔の名は、メフィストフェレス。


 それは、まさに急襲だった。
 形式だけを問うならば、確かに正攻法と言えただろう。しかしルーファウス、及びタークスの面々からすれば、そのこと自体が奇襲に近しいものだった。敵の存在そのものは、彼らとて想定していた。だが真逆、玄関から堂々と訪問を受けるとは思いにもよらなかったし、タークスをこうも易々と、捻り潰せるような相手だとも思わなかった。タークスの面々は今、仲良く床に這いつくばっている。頭脳による戦術はルーファウスの得意とするところだったが、今回ばかりは完全に、読み違えていたという訳だ。


「……驚いたな」
 絞り出すようにして漸く、薄い唇からから放たれたのは、純粋な感嘆の声だった。それに反応するようにして、リーダー格らしい少年がルーファウスを振り返る。妖艶に微笑むその顔は、なにひとつ非の打ち所のない、完璧な被造物。ルーファウス脳裏に過ったのは、ある古典の言葉であった。  時よ止まれ、お前は美しい。
「アンタ、状況わかってる?驚くよりも、やらなきゃならないことがあるんじゃない?例えばホラ…自分の身の心配とか、さ」
 冷たい刃が首筋に当てられるのと、少年が目を細めるのがほぼ同時。その瞳は、深淵を思わせる、鋭い蒼を湛えている。光を受けて閃いたその色に、ルーファウスは一瞬、声を失いかけた。それは、忌まわしい記憶を伴う色だ。単なる魔晄の色ではない…あの男の持った色。人は彼を、こう呼んでいた筈だ。ある時は英雄と。またある時は、星に来る災厄と。
「…お前たちは、何者だ?」
「星を巡る戦いの副産物、とでも言うべきかな。ボクたちも正確な所は知らない…まあ、どうでもいいことだよ」
 大切なのは母さんだ。そう言うと少年は、刀をすっと鞘に収めた。 "母さん"。それはルーファウスにも、少なからず聞き覚えのある言葉だ。彼らについてルーファウスの考えていることが真実、的を射ているならば、それが指すのは十中八九ジェノバの首だ。
「……目的はその、"母さん"という訳だな」
「そう、流石、察しがいいね…アンタの言うとおり、ボクたちは母さんに会いたいんだ。アンタだったら母さんを見つけることが出来るだろうし、ボクたちはいつだってアンタを殺すことが出来る。どういう意味かは、わかるよね?命が惜しいと思うなら、母さんを捜してよ」
 車椅子のルーファウスに視線を合わせようとするかのように、少年は膝を折った。形の良い唇が、ゆるやかに弧を描く。
「…捜して、くれるよね?」
 銀の悪魔の囁きに、ルーファウスは抗う術を持たなかった。


(20060327 / 手を組んだというよりも、二者の間には絶対的な力関係が存在したのではないかと)