拝啓  


さん。貴女がこれを読んでいると言うことは、僕はもうこの世の人ではないのでしょうね。さんは、僕の死を悼んでくれていますか。其れとも、身勝手な僕に対して、激しく憤っているのでしょうか。貴女がもし、僕の為に泣いてくれたら、僕は幸せに逝けるような気がしています(こういうことを言うと、きっとさんは怒りますね。カブト先生が宥めてくれるといいのですが)。

僕の人生は、僕の想像していた以上に短かった。その短い人生の中で、さんに出会えたことは奇跡と言ってもいいほど幸福なことだったと思います。
貴女は誰よりもやさしい声で、僕の名を呼んでくれた。貴女は誰よりも親身になって、僕のことを考えてくれた。じわじわと病に蝕まれていく僕の身体を、貴女はそっと抱いてくれた。…貴女は、僕の光でした。
僕の生の傍らにはいつも死の存在があった。だから死ぬことについては、其れほど畏れを持ってはいません。しかし、悔いに思うことがひとつあります。それは、さん。貴女のことです。

あのうららかな春の午後を、貴女は覚えているだろうか。僕は今でも、鮮明に覚えている。満開の桜の下、貴女は僕に、好きだと言ってくれましたね。僕はそれに返事をせずに、ただわらって、はぐらかした。あの日、あの時、まだ僕がこの病のことを知らなかったなら。僕は貴女の想いに答えられた筈でした。
今なら、迷うことなく告げることができます。さん、貴女を愛している。例えこの身が朽ちようとも、この想いが風化することはありません。

さん。貴女の幸せを考えるなら、貴女は、僕のことを一刻もはやく忘れるべきだ。忘れるなとは、今更僕も言いません。 ただ最期にひとつだけ、我儘を聞いて欲しい。あの、遠い春の日の桜の木。あの木が花を咲かせたら、毎年、ほんの一瞬でいい。僕のことを思い出して。何度も何度も、思い出してください。




(051005)