どういった経緯かなんてすっかり忘れたんだけど、とにかく私は、君は私のためにしか笑わないんじゃないかと長いこと信じていた。それは願望だったのかもわからないし、もしかすると本当にそう思ってたのかもしれない。きっと私は君の見せる一見それとはわかりにくい、あの不器用な笑顔が好きで、本当に、ほんとうに大好きで、できるものなら独り占めしたいなんて思っていたんだ。別に君のことが好きと言うわけでもないのに、私は勝手に傷付いていた。


「…なんで泣くんですか」
「よくわかんない」
 はあ、と日吉くんは大袈裟すぎるくらいの溜息をついて、私を見た。とても年下とは思えない。彼はいつだって私の面倒を見てくれていたし、見てくれているし、きっとこれからも見てくれる。何故そうなのかはわからないが、それは殆ど確信だった。日吉くんは、きっと私を見捨てない。そう思ったら、私の涙腺はまたも緩くなるのだった。
「……先輩」
「ごめん」
「謝ったって仕方ないでしょう」
 彼は怒ったような声をあげながらも、私のことを殴りもしなければ立ち去りもせずそこに留まっている(その表情は決して柔らかいとは言えなかったが)。嬉しいような哀しいような。どちらもなのかもしれないし、どちらでもないのかも、とぼんやり思う。
「だいたいなんなんですか、『笑わないで』?何をしたいんですか何をさせたいんですか先輩は宍戸先輩が好きなんでしょうなんで、俺なんかに構うんですか」
 彼の言葉に私は驚き、目をおおきく見開いた。私が、宍戸を好き?日吉くんは何故そんなことを知って、否、それ以前に私は宍戸を好きなのか?likeでなくてloveの意味で?そんな馬鹿な…でも、否定はできない、気が。
「えっと、なんで宍戸が出てくるの、そこで?」
「…自覚がないんですか」
「仮に私があいつが好きで、そしたどうして日吉くんに構っちゃ悪いの?」
「答えになってませんよ、先輩」
「答えてないのは日吉くん」
「最初っから俺が質問してるんでしょう」
 声を荒げる彼に、私は驚いた。恐怖をかきたてられるよりも何よりも、とにかく驚いてとにかくうろたえた。
「ごめん」
「謝ったって仕方ないでしょう」
「う、うん…でも、やっぱりごめんね」
「…なんで泣くんですか」


(050910)二年前の作品を修正