彼女の母は世に言う売春婦というもので、その娘である彼女もまた、自らの春を売って収入を得ているらしかった。これはべつにさん本人から聞いたことではなかったし、僕が勝手に知りたがって勝手に知ったことであるからには、ボクにはほんとうは哀しむ権利なんてないのかもしれない。


「おはよう」
「おはようございます、さん」
 だいたい毎朝5:13ごろ。まだ街全体にうっすらともやのかかっているような時刻に、彼女はその通りに姿を現す。ボクは毎朝宿の裏で体術の練習をしており、彼女は毎夜の仕事から帰るのにいつもその道を通った。何度か目が合ったりするうち、ボクたちはぽつりぽつりと口を利くようになって、それで今の関係にいたる。
「調子はどう?」
「まあまあ、です」
「…それはよかった」
 子供は元気がいちばんだものね。きれいに微笑むさんの両手首には青黒い痣があった。いったい何があったのかなんて訊くまでもなくボクはそれを察することができ、しかし手首を縛られて、誰かと眠る彼女を思えどボクにはどうすることもできない。なんといってもボクの身体は熱を持たないかたい鎧で、だからボクは彼女のために涙を流すこともできなければ、やさしく抱き締めあたためてあげるなんてことはなおさら、できるはずもないのである。ボクが子供の顔をするのはその代わり。少しでも良い、彼女が自分で逃げられるよう、ボクはいつも敢えて問う。
「どうして、平気な顔なんかするんですか?」
 瞬間、泣きそうな顔をしてから『…じゃあ訊くけど』と彼女。
「どうして見て見ぬふりをするの?私がきれいでないことくらい、君は知ってる筈なのに」
「…さんは、きれいだよ」
「そういう意味じゃなくって、」
 吐き捨てるかのようにそう言って、さんは目を反らした。…彼女はいつだってこうだ。何かと自分で核心を導くくせに、いざというところに来ると臆病になる。核心というのは無論彼女の仕事のことで、彼女はいつもそれを切り出そうとして、すぐにやめてしまうのだ。ボクはそれを知っている訳だけれども、彼女が自ら打ち明けてくれるまで、知らないふりをしてあげたい。
「……アルフォンスくんって、たまにことごとく残酷」
「そうでしょうか」
「しらじらしいよね」


 この想いはあまりにもささやかで、恋と呼べるのかどうかさえわからないけれど、でも。それでもボクは、貴女のことを大切にしていたい、そんなふうに思うんだ。


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